カナのお日記なんばー2
10.10
2011




昭和が平成に移り変わり、
人はバランスが少しづつ変わって来た。
人の中心、重心がブレてきたのだ。
昭和の人間が空を飛ぶ時の方法では滑空途中にバランスを崩し、
今までに訓練された人の中で21人亡くなっていた。(怪我人多数)

元来備わっている翼はすぐに羽ばたけるわけでも、飛べるわけでもない。
訓練を積み重ねないと風を起こす程度のことしかできないような無用の産物であった。
あるアフリカの国は通過儀礼として、13歳から15歳になった男が突然崖から突き落とされ飛ばねばならなかった。
(女性は12歳の頃父親か20歳以上の婚約者の男性と飛んでいる)

というのも、アレン・ギンズバーグなんかがよく読まれていたころ。
危なく無用ではあるけれど、そんなものだからこそ翼を使いこなせる者は世界的にヒーローだった。
ある国のある街の若者が次々と飛ぶ真似をし亡くなりすっかり街は老人だらけになってしまった。
(飛んでいる姿がよく見受けられる街であったのが原因で、続々と若者がやってみせ、
度胸試しにもなっていたとか…みんなで飛べば…ということも。)
身近にあるこの背中の羽で空に望み飛立つというのは生易しいことでもなく、
大陸の国々では自らの羽を染めひっそりと亡命者がでたりスパイをすること、
若者の事故による減少が問題になっていたのであった。

そこでwwa(world wings association)は各国で国家試験として扱うことに制定した。
(このころ、日本、韓国、アメリカなどの国々では整形外科に行くことも推奨されはじめた。)


沢山の人たちは空を眺めていた。
みんな羨望の眼差しで空をみつめていた。
誰しも空へ行きたいと焦がれたのだけど、
飛べる人たちの苦労はすさまじいものだった。
肩胛骨の付近から伸びている翼はこうもりのように薄くはられた皮膚が
向きだしなのでまず上空での寒さに耐えるために翼のみ雪に突っ込ませてみたり
氷嚢を一時間当て続け扇風機にさらしてみたり。まずは寒さに耐えるところから始めなければいけなかった。

今は無用のものに成り果てた翼の筋力を鍛え、鍛えて重くならないように痩せなければならなかった。
並々ならぬ努力を重ね、命をかける人たちであった。

美術館で観る絵画には白い羽毛の翼があった。
少女たちはそれを眺め自分の翼を憂えた。
人は飛ばなくなって退化してしまったことにより羽毛が無くなってしまったのだと教えられたため、
一度は小さい頃飛ぼうとして怪我をした。

いつまでも今の人間には空は遠かった。













という妄想をした。


書いた人:macskabar|コメント:(0)|カナのお日記

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